読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本屋大賞への批判に無責任に反応してみる

 ここ数年、本屋大賞に対していろいろ批判を見ることがあるんですが、個人的に思うところを書いてみます。

 

 ただ、昔は割と小説を読んでいたんですが(それこそ本屋大賞の候補作をすべて読破するくらい)、ここ10年くらいはろくすっぽ読めていません。

 なので10年前の感覚で無責任かつ適当に書きます。なので、そんな奴の話なんて読む価値ないよ!!!という方は、いますぐ戻るボタンで移動してください。

 そこを了承したよという方のみ(果たしているのだろうか)、続きをお読みください。

 

 あんまり長々と書いてもあれなので、本屋大賞に対してよくある批判に反応する形式で記載します

 

本屋大賞は質の低い作品ばかりがランクインしている

 現役の小説家や評論家などからよくあるのはこの批判。

 そもそも本屋大賞は他の文学賞とは立ち位置が異なり、文学的に優れた作品を持ち上げる為の賞ではない*1。既存の文学賞が取り上げないような埋もれた作品を書店員の視点で取り上げるのが賞の意義である。

 本屋大賞も質の高い作品を授賞させるようにすべきなんて批判も読んだけれど、そんな作品を授賞させる賞は小説家や評論家の方々が関わっているもので腐るほどあるわけで、わざわざ本屋大賞が迎合する必要はない。

 本屋大賞をいろいろ批判する業界の人たちはたくさんいるけどさ、そもそもそういう人たちが売れたり人気が出る作品を持ち上げることができなくて、業界を商業的に盛り上げる機能を果たせなかったからこそ、本来はその役割を果たす必要のない書店員が重い腰を上げて賞をつくらなければならなかったわけで*2、評論家や出版社が普段本を読まない人々に届く言葉を持とうとしなかったことが本屋大賞が産んだんじゃないかとすら思う。

 そこで本屋大賞を他と同じにしたりとか、潰したって何もいいことないし、それでも本屋大賞に文句があるのであればまずは自ら文学賞なりなんなりをつくって、本屋大賞がなくても読者層の底上げができるところを見せて、書店員を納得させるところから始めるべき。

 

本屋大賞の候補作は売れている本ばかり

 これに関しては異論はありつつ、一面的には正しいと思ったりする。

 昔はここまで偏ってはいなかったんだけど、確かに本屋大賞の候補作は実際に売れている本ばかり。ただ、本屋大賞の候補作に売れている本が多いのは必ずしも悪いことではないと思ってる。

 なんでかというと、音楽や漫画とかに比べて小説は売れている本がわかりにくいのよ。そういう情報誌を読んだり、blogとかで情報を仕入れるルートを持っているならともかく、普通に過ごしていても何が売れているのかってさっぱりわからない。

 音楽みたいに定期的にランキングが発表されるわけでもないし、漫画みたいに雑誌で人気作品が推されるわけでもない。それこそ続巻があるラノベとかだといろいろ宣伝とかもされるからわかりやすいんだろうけど、一巻完結の作品は人気が測りにくい。

 だから、小説に興味がない人でもわかるオススメ作品一覧と考えれば、本屋大賞の候補作が売れている作品ばかりになるのはありだと思うんだよなぁ。売れている本だから読書家は読んでいるだろうけど、そうじゃない人はわからないわけだし。

 それでも偏りすぎているというのは頷くしかない。ただ、それは単純に売れている本を外す形ではなくて、システムを変更させて、より洗練した候補作を前面に出す形にすべきだと思う。その辺りは後述します。

 

 余談だけど、この手の批判は本屋大賞はかなり受けるけれど、マンガ大賞は全然受けないんだよなぁ。マンガ大賞の一時期の受賞作は前作ですでに人気を確立している漫画家の作品ばかりで、業界を盛り上げる意味合いでは無意味だと思ってみてたんだけど*3

 それでいて、ゴールデンカムイが受賞したときにはまだ早いとか、批判がある程度あったし。単純に誰もが認める人気作家に箔をつけるのが、いちばん批判されないということなのかな。

  

百田尚樹氏の作品を授賞させたから信用できない

 これもよくある批判ですね。他の事例でも同じ台詞を言えるのかと思いますが。そもそも本屋大賞への批判が表だって出るようになったのは百田尚樹氏が受賞したタイミングですし。

 尚、百田尚樹氏の作品は受賞作を含めてまったく読んでいないので、良し悪しはわからないことを前提として書いておきます。

 

 本屋大賞は作者に与える賞ではなく、作品に与える賞です*4。だから賞をあげたから、本屋大賞に参加した書店員が百田尚樹氏の人格を含めて全肯定したなんてことはない*5

 私は受賞作を含めた作品は作者の思想や人格と離れた部分で評価されるべきだと思うし*6、作者がいかにダメな人でも作品が良ければ授賞させるべきだと思う。

 それを百田尚樹氏が受賞後に騒動を起こしたからって、こんな奴に授賞させて有名にした本屋大賞が悪いだのなんだのという人が多い。

 別に受賞作が面白くなかったから授賞させるべきではなかったってのはいくらでもいっていいし、言うべきだとは思うけど、作家自身の評価と作品は別にされるべきではないか。それともすべての賞は候補者の思想調査、身辺調査を行った上で授賞させるべきだとでもいうつもりなんだろうか。

 犯罪を起こして捕まったアーティストのCDが回収されたときに、作品とアーティストは別だから回収されるのはおかしいなんてコメントが出るのをよく見ますけど、それとは真逆の反応なんですよね。

 それだけ百田尚樹氏が嫌われてるということなんだろうが、それでも八つ当たりが酷すぎるんじゃないのと思う。本屋大賞が人気を出したというけれど、別に本屋大賞関係なく、作品自体はそれまでも売れていたらしいからなぁ。それまでにも候補になってるし。

 

蜜蜂と遠雷」で恩田陸さんが直木賞と同時授賞をしたから存在意義を失っている

  これに関しては意味不明なのですが、最近、見たので取り上げてみた*7

 確かに打倒! 直木賞と初期の本屋大賞がいってたのは事実だが、同時授賞で存在意義を失ったとか、いろいろ短絡的すぎないか。

 というか、同時授賞することになった理由って、本屋大賞が権威化したんじゃなくて、直木賞が大衆化したから結果的に同じになったんじゃないかと思ってる。

 それはこのデータ*8を見れば、なんとなく予想がつく。

 

2004年上半期の直木賞選考委員一覧(年齢は当時)

阿刀田 高(69歳)、五木 寛之(71歳)、井上 ひさし(69歳)、北方 謙三(56歳)、田辺 聖子(76歳)、津本 陽(75歳)、林 真理子(50歳)、平岩 弓枝(72歳)、宮城谷 昌光(59歳)、渡辺淳一(70歳)

 

2017年上半期の直木賞選考委員一覧

浅田 次郎(65歳)、伊集院 静(66歳)、北方 謙三(69歳)、桐野 夏生(65歳)、高村 薫(63歳)、林 真理子(62歳)、東野 圭吾(58歳)、宮城谷 昌光(71歳)、宮部 みゆき(56歳)

 

 選考委員の年齢をみれば、どうして昔よりも大衆化することができたのかは一目瞭然でしょう。

 2004年は70歳以上が5人と半分だったのに対し(しかも69歳が二人)、2017年は1人だけ。

 2017年は明らかに選考委員が若返っているし、現役の第一線で活躍されている方が多い。若い選考委員が増えれば、それだけ新しい作品が評価されやすくなる。

 そもそも恩田陸さんが今さら直木賞を受賞するってのもおかしな話で、恩田陸さんの人気と実力とキャリアを考えれば、もっと早くに受賞していてもおかしくない。

 それをたまたま同時授賞になったからって、存在意義を失うとかいうのってどうなのよ。

 

 それに上にも書いたけど、本屋大賞は売れる本がたくさん候補作になる状況で、初期から比べてもどんどん大衆化してる。直木賞とは真逆の方向。だからこそ質の低い作品が多いとか文句のいう人が多いわけ。

 そこからすれば権威化というのも的外れだってのがわかる。権威化が何を意味してるのかは該当の記事*9を読んでないからわからないけど、既存の文学賞と似たり寄ったりになっているというのであれば上記の理由であり得ないし(揺り戻しが起きているなら歓迎すべきことだと思う)、商業的な意味では権威化してるというならば、今さらの話だろう。

 どちらの意味でも的外れ。もっといえば所詮文藝春秋社の賞でしかない直木賞と、一般の書店員が集まってやっている本屋大賞では根本的な役割が違う。

 

では、本屋大賞は改善する必要はまったくないのか

  本屋大賞への批判に対してつらつらと書いてきましたが、じゃあ、本屋大賞はこのままでいいのかといえば、それもまた微妙かなぁと思います。

 書店員から見たおもしろい本を発掘しようという理念を変える必要はないと思いますが、やはり問題はあります。

 で、それが起こる理由もはっきりしている。本屋大賞に参加するハードルが低すぎるんです。

 本屋大賞に参加する為には書店員でなければならない。逆にいえば、書店員であれば日頃ほとんど本を読んでなくても参加できる。

 本屋大賞が劣化しているとすれば、この部分が大きく影響していると思います。

 

 それに対する対策はいろいろ考えられますが、マンガ大賞のシステムを採用するのがいちばん有効なのかなと思います。

 要するに本屋大賞の第一次投票の段階で、選考委員となる書店員を事前審査制にする。書店員の中で、見る目がある人とか、たくさん本を読んでいる人に声を掛けて、その人たちに第二次投票に上げる本を推薦してもらう。

 その集まった作品の中から第二次投票を行うわけですが、ここでは今まで通りに全作品を読んだ書店員なら誰でも投票できる方式を採用する。

 

 発掘部門を強化するとか、別の方法もないことはないでしょうが、やはり本屋大賞本体がメインなので本体を変えないとどーにもならない部分は多いでしょう。

 この方式を採用することで、マニアックな本が候補作に並んでしまう危惧もありますが、その辺りは書店員の方々の見る目と商魂に期待するしかないです。

 

 長々と書いてしまいましたが、果たしてどれだけの人がこれを全部読むんだろうか。

*1:本屋大賞の候補作が文学的に劣っているという訳ではない。念の為。

*2:書店員も業界を盛り上げる指名を持っているという人もいるかもしれないけど、それは店舗ごとのミクロな話で、業界というマクロな話は小説家や評論家、出版社の仕事だと思うよ

*3:単純な賞の方向性の違いなのだけど、マンガ大賞本屋大賞が同じ方向を向いていても、片方は受け入れられ、片方は批判されるのは不思議だなぁとか、そういう話です。それが悪いとか、そういう話ではない。

*4:恩田陸さんが2度目の授賞をしたことからも明らかですね。

*5:そもそも賞をあげただけでそこまで責任を求められること自体がおかしいわけだが

*6:もちろん作品にその思想が反映されていたり、内容自体に問題があるなら、その反映された思想や問題の是非も含めて作品は評価されるべきだと思う

*7:産経新聞の記事ですが、根拠は同時授賞しただけっぽかった。

*8:直木賞のすべてより引用 http://prizesworld.com/naoki/

*9:毎日新聞がそんな見出しを出していたらしい。